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院長エッセイ



 抱きしめるという会話


 新聞の広告に「抱きしめるという会話」というのが載っていました。
 「抱かれたい男・抱かれたくない男ベストテン」なんて、一昔前なら信じられないような言葉がマスコミに登場しています。「抱く」「抱かれる」という言葉はいまは性的なものを表すことが多いようですが、中学校・高校の講演の後のアンケートに割合が気になるのが性交渉は「愛し合っていれば良い」という所です。郡部の学校でもだいぶ%が増えつつあります。
 と、答えた人達はたぶん「愛し合って抱かれちゃった人達」なんでしょうけど、本当に愛し合うってそんなに簡単なものでしょうかね。
 子供の頃に抱きしめられた記憶。大好きな人に抱きしめられた記憶を思い出さないまま「抱かれ」ちゃっていないでしょうか。
 小さい頃、抱きしめられた記憶は「優しさや思いやりの大切さを教えてくれたり、ひとりぼっちじゃないって思わせてくれたり、死んじゃいたいくらい切ないときに支えてくれたりします」と。
 小さい頃の抱きしめられた記憶は「優しさ」という会話として心の中に残っています。心の中や自分の持っている知識や体験を好きな人に伝えたいと思うところに会話が生まれます。会話の無い「抱かれるだけ」は空しくありませんか。「抱きしめるという会話」を思い出してみませんか。


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